TALK / 2026.06.05
創業5ヶ月でライブドア事件。それでも後悔した夜は一度もない。
株式会社ニホンノチカラ 代表 福本 拓元聞き手 渋谷 彩華

それでも下を向かなかった男が言う——「苦労を重ねるたびに、人はスーパーサイヤ人に近づいていく」と。
創業5ヶ月で、特捜部が六本木ヒルズにやってきた
メンタルが一番やられた時、どうやって乗り切りましたか?
ユーグレナは2005年の8月に創業したんですが、その時、堀江さん(ホリエモン)に出資いただいて、取締役にも入っていただいてスタートしたんです。ところが翌年1月、ライブドア事件が起きて東京地検特捜部が六本木ヒルズにやってきた。創業してわずか5ヶ月のことです。
事務所も資本も一部失って、また知り合いの会社に間借りするところからの再スタートでした。そもそも「堀江さんの知名度があるから少し楽できるかな」という甘い算段もあったので、そこから自力でやっていくしかなくなった。これが創業期の最大のピンチでしたね。
ただ、今振り返るとその経験も含めて、若い頃にメンタルをやられるような出来事を繰り返すたびに、少しずつ強くなっていった気がしています。
ドラゴンボールの悟空が、死にかけるたびに強くなってスーパーサイヤ人になっていくじゃないですか。あのイメージで、40歳手前でほぼ無敵状態になれた感覚があります。
苦労を重ねるたびに、人は強くなる。
40歳手前で、
ほぼ無敵状態になれた。
起業して後悔した夜はありますか?
全くないですね。
経営者って全ての責任を自分が負う分、全部自分で決めれる面白さがある。極論、最後に借金が膨れても破産という選択肢がある。5年で市民権も戻ってくる。命が取られるわけじゃないんですよ。
チャレンジをせずに年を取って後悔する方が、よっぽどリスクだと思っています。だから後悔した夜はないし、涙を流したこともない——結婚式みたいな嬉しい理由を除いては(笑)
「それしか取り柄がない」と言いますが、このポジティブさだけは誰にも負けない自信がありますね。
「破産しても5年で市民権が戻る」 → 失敗を怖がって一歩踏み出せない時、この視点があると少し楽になる。最悪の事態を知ることが、行動への勇気になる。

成功する人の共通点と、うまくいかない人の特徴は?
成功する人は「能天気に行動力がある人」だと思っています。頭が良すぎると色々見えすぎて動けなくなる。私が知っている成功者の方々は、ああだこうだ考える前にまず動いて、動きながら正解を見つけていくタイプが多い。行動力の方が、優秀さよりも成功には必要な要素だと思っています。
逆にうまくいかない人は「他責の人」です。何かが起こった時に言い訳をしたり、誰かのせいにする。ユーグレナ時代に社内の行動指針を作った時、私が創業者のわがままで一つだけ入れてもらったのが「自己責任」という言葉でした。人を批判したり、言い訳をしたりしても、幸せはやってこない。徳を積んでいった方が、結果的に幸せがやってくると信じています。
言い訳をしても、幸せはやってこない。
徳を積んでいく方が、
結果的に幸せが来ると思っています。
成功に必要なのは努力・才能・学歴・運、どれですか?
一番は努力、次が運だと思っています。才能や学歴はあった方がいいけど、成功の必須条件ではない。
運については、他責の人には来ないと信じています。人のためにいろんなことをやっていくと、人も自分のために何かしてくれる。それって「実力」かと言われると、違うんですよね。自分の行動次第で運はこっちに来たり来なかったりする。宝くじだって、買わなきゃ絶対当たらない。まず動かないと、権利すらないんです。

「仕事に対する理解は120万パーセント」——潰れそうな時から支えてくれた妻の話
起業についてパートナーから反対されたことはありますか?
妻は専業主婦なんですが、結婚の時にお金のあり方も含めてかなり議論しました。私としては「土日祝日は家族にフルコミット、平日は妻が家庭を守る」という役割分担を最初から決めていたんです。
出会った頃はちょうど会社が潰れそうだった時期で、妻はその状況を全部見た上で付き合って、結婚を決めてくれた人なんです。だから仕事への理解は120万パーセント。今回ユーグレナを引退して新しい会社を立ち上げる時も「あなたがそうしたいなら信じています」の一言でした。本当に器が大きいですね。
奥様にマジで怒られたことはありますか?
仕事系というより、個人的な性質で怒られることが多いですね。食べるのがめちゃくちゃ早くて、「お寿司屋さんに行くと大将が焦って握っているように見える」と言われます。コース料理が早く終わってしまうとか(笑)
あとは全国の市町村を回るプロジェクトで首長さんと対談する動画を撮影した時に、「あんた偉そう」「ボタンを閉めなさい」と。今日も忘れてましたけど(笑)
全部愛情からなんだとは思いますが。
「ボタンを閉めなさい、偉そう」 → どんなに大きな仕事をしていても、家では「ちゃんとしなさい」と言われる存在。それが夫婦というものかもしれない。

社員のモチベーションを上げるのと、パートナーの機嫌を取るのはどっちが難しいですか?
パートナーの機嫌を取る方が難しいです(即答)
ユーグレナ時代は社員が増えるにつれて、一人一人と過ごす時間がどんどん減っていった。1000人を超えた頃には、全員と同じ方向を向いてもらうことがどれだけ難しいかを痛感しました。ただ正直、私はそのシステマチックな組織運営が得意じゃないんですよ。10人・20人・30人を引っ張っていく方が楽しい。だから今また小さな会社でゼロイチをやっているんだと思います。

13歳の冬、帰ったら母親がいなかった。その母は今、70歳で新会社を立ち上げている。
幼少期はどんな子どもでしたか?今のビジネスにつながっている部分は?
母親は私が13歳の中学1年の冬に、離婚して家を出て行ったんです。ある日帰ったらいなかった。それまでの13年間、母は公文・習字・水泳・ピアノ・英会話・野球と、ものすごくたくさんの習い事をさせてくれる人でした。
おかげで運動から勉強まで何でもそこそこできるようになったんですが、それが長所でもあり短所でもあって。すぐトップになって、誰かに追いつかれると飽きてしまう「器用貧乏」なんですよ。母からも「あなたはそういう性質があるから、継続することを頑張る必要がある」と言われていましたね。
お母様はどんな性格でしたか?
綺麗好きで世話好き、やらなくてもいいところまで世話をしてしまうような人ですね。実は母親自身も経営者で、私はもともと母の会社の役員としてビジネスをスタートしたんです。だから一時期は「社長」としか呼んでいない時期もありました(笑)
ユーグレナを立ち上げたことで、母の傘下ではなく自分の力でやる環境になった。そこでの成果を母も純粋に評価できるようになって、お互いをビジネスマンとしてリスペクトし合える関係になった気がします。今その母は70歳を過ぎてまた新しい会社を立ち上げているんですよ。連続起業家ですね。
母は70歳を過ぎて、また新しい会社を立ち上げた。
成功者の要素——動き続けること——を、
一番身近で見せてくれた人でした。

20代の自分へ——「そのまま、やりたいようにやりなさい」
過去の自分へのメッセージ
20代の自分にアドバイスするとしたら?
「そのまま、やりたいようにやりなさい」ですね。自分が選んできた判断に後悔していることがないので、こうしなさいああしなさいはあまりない。
強いて言えば、もう少し学生時代に勉強しておいてもよかったかなとは思いますが——当時は面白くなかったので、あまりしませんでしたけど(笑)
21歳の時の自分と今のメンタルは全然違う。でもそれは苦労体験を繰り返して乗り越えてきた結果です。もう一度人生をやり直しても、また同じように苦労することは出てくると思う。だからこそ、その時々をポジティブに乗り越えていくことが大切なんだと思っています。
創業5ヶ月でライブドア事件。後悔した夜は一度もない。涙を流したのは結婚式ぐらい。——話を聞きながら、これが本当のことなのだと伝わってくる人だった。
13歳で突然いなくなった母親が、70歳で新しい会社を立ち上げている。その背中を「一番身近なお手本」と言える関係になるまでに、どれだけの時間と苦労があったのだろう。
苦労を重ねるごとに強くなっていく——
スーパーサイヤ人論は、笑い話のようでいて、
福本さんの人生そのものだった。
